私たちは普段、何気なく食事をしていますが、食べ物を認識してから胃へ送り込むまでには、さまざまな器官や神経が関わっています。
この一連の流れを**摂食嚥下(せっしょくえんげ)**といいます。
摂食嚥下に障害が起こると、食べ物をうまく飲み込めなかったり、食べ物や唾液が気道に入り込んだりすることがあります。
今回は、摂食嚥下を各段階に分け、それぞれの特徴と、障害が起こった場合にみられる症状についてまとめます。
※摂食嚥下の分類や用語には複数の考え方があります。また、実際の症状や原因は個人によって異なります。ここでは一般的な理解を目的として説明します。
摂食嚥下の「相」と「期」
摂食嚥下を考えるとき、「相(phase)」と「期(stage)」という考え方があります。
**食塊のある位置や移動の状態を「相(phase)」、嚥下運動が時間的にどのように進んでいくかを「期(stage)」**として捉える考え方です。
このような観点から考えると、嚥下障害は、神経系や筋肉などの機能異常によって、食塊の移動と嚥下運動のタイミングや協調に問題が生じた状態として捉えることができます。
健常者が水分を指示に従って飲み込む命令嚥下では、食塊の位置と嚥下運動のタイミングが比較的一致します。
一方、固形物を自由に食べる自由嚥下では、咀嚼中に食塊の一部が咽頭へ運ばれた状態で、まだ嚥下反射が起こっていないこともあります。
特に固形物を食べる場合は、咀嚼しながら食塊を咽頭側へ運ぶ「Stage II transport」がみられることがあり、従来の単純な段階モデルだけでは説明しきれないことが分かっています。
また、摂食嚥下の分類にはいくつかの考え方があり、準備期を含めずに4期モデルとして考える場合もあります。日本摂食嚥下リハビリテーション学会の資料でも、口腔準備期・口腔送り込み期・咽頭期・食道期という4期モデルが示されています。
一般的な5期モデルでは、以下のように分けて考えます。
- 先行期
- 準備期
- 口腔期
- 咽頭期
- 食道期
1.先行期
先行期は、食物を認知し、何を、どのくらい、どのように食べるかを決定する時期です。
食べ物の認知には、目で見ることだけではなく、
- においを嗅ぐ
- 食器などの音を聞く
- 手で食物の触覚を感じる
など、さまざまな感覚が関係しています。
また、食事をするためには、ある程度の覚醒状態や注意、認知機能なども必要になります。
食物を認知すると空腹感や食欲が生じ、「何を、どのくらい、どのような順番で食べるか」といった食行動の準備が行われます。
さらに、食事を前にすると唾液分泌などが促され、摂食行動へとつながっていきます。
先行期の障害
意識障害、認知症、高次脳機能障害、知的機能の障害などがある場合、先行期の問題として食事行動に影響がみられることがあります。
例えば、
- 食べ物を認識しにくい
- 食事に注意を向けにくい
- 食具の使い方が分からない
- 食事の手順が分からない
- 食べ物への反応が乏しい
などです。
また、不随意運動や姿勢障害などによって、食事動作そのものが難しくなることもあります。
大脳劣位半球の障害などでみられる半側空間無視では、食器の片側にある食べ物を見落として、食べ残しにつながることがあります。
さらに、頸部や体幹の姿勢が崩れることで、食事や嚥下のしやすさに影響する場合もあります。
一方、大脳優位半球の障害でみられる観念失行では、道具の使用手順が分からなくなり、食具をうまく使用できないことがあります。
2.準備期
準備期は、食物を嚥下できる状態に準備する時期です。
食物を口に取り込み、咀嚼して食塊を形成するまでの段階をいいます。
まず、食物を口腔内に取り込むために十分な開口が必要です。
その後、食物が口腔外へ流れ出ないように口唇を閉じ、口腔内に保持します。
このとき、食物の硬さや大きさ、温度などの情報が感覚入力を介して脳へ伝えられます。
それらの情報をもとに咀嚼運動が行われ、食物は唾液と混ぜ合わされます。
咀嚼を繰り返すことで、食物は飲み込みやすい状態へと整えられていきます。
このまとまりが食塊です。
つまり、準備期では食塊形成が重要になります。
なお、固形物を食べる場合には、咀嚼中の食物を舌の中央へ集め、口腔から咽頭方向へ運ぶ「Stage II transport」が繰り返されることがあります。
準備期の障害
顔面神経麻痺などによって口唇の動きが低下すると、口唇閉鎖が難しくなり、食物や唾液が口からこぼれやすくなることがあります。
また、脳血管障害などによる中枢性の運動障害では、口唇を閉じることができても、咀嚼時の協調運動がうまくいかず、食物がこぼれることがあります。
ストローで液体を摂取する場合にも、口唇でストローを適切に保持する機能や、吸引に必要な口腔内の陰圧形成が必要になります。
通常、口腔粘膜や舌の表面、咀嚼筋などから得られる感覚情報は、咀嚼中の食塊の状態を把握し、咀嚼運動や舌の細かな動きを調整するうえで重要です。
この機能が低下すると、食品の性状に応じた咀嚼や食塊形成が難しくなることがあります。
咀嚼や食塊形成がうまくできないと、食物が口の中でバラバラに広がり、次の「送り込み」につなげにくくなることがあります。
また、咀嚼・食塊形成は味覚を感じる重要な段階でもあるため、口腔機能の低下は食事の楽しみにも影響する可能性があります。
このような食塊形成の障害は、舌の機能低下がみられる疾患、例えば仮性球麻痺、筋萎縮性側索硬化症、舌腫瘍の術後などでみられることがあります。
3.口腔期
口腔期では、食塊を舌の運動によって口腔内の前方から後方へ移動させ、咽頭へ送り込むことが行われます。
食塊を送り込む際には、舌が口蓋に接触しながら前方から後方へ動き、食塊を咽頭方向へ運びます。
液体の場合も、舌や口蓋などの協調した動きによって口腔内に液体を保持し、適切なタイミングで咽頭へ送り込みます。
口腔期の障害
舌の運動機能が低下すると、食塊をスムーズに送り込むことが難しくなります。
また、「送り込み」には舌だけでなく、口唇や頬の筋肉も関係しています。
これらの機能が低下すると、
- 食べ物を口の奥へ送りにくい
- 口腔内に食べ物が残る
- 食べ物をうまくまとめられない
- 食塊を咽頭へ送り込むのに時間がかかる
などの問題がみられることがあります。
通常、水分を口腔内に保持してから飲み込む場合には、舌や軟口蓋などの働きによって口腔と咽頭の間が適切に閉鎖されます。
この機能が低下すると、嚥下反射が起こる前に液体が咽頭へ流れ込み、嚥下前誤嚥につながることがあります。
一方、固形物では、咀嚼中に食塊の一部が咽頭側へ運ばれることがあります。これは、前述したStage II transportとして説明されています。
口腔期の障害は、舌や口腔周囲の運動機能が低下する疾患などでみられることがあります。
4.咽頭期
食塊が咽頭へ送り込まれると、嚥下反射に伴って、喉頭挙上、喉頭閉鎖、咽頭収縮、食道入口部の開大などが起こります。
これらの動きはほぼ同時に協調して行われ、食塊を食道へ送り込みながら、気道への流入を防ぎます。
また、嚥下中には一時的に呼吸が停止します。
このような嚥下と呼吸の協調も、気道を守るうえで重要です。
咽頭期は、嚥下障害によって喉頭侵入や誤嚥が起こる可能性がある重要な段階です。
咽頭期の障害
咽頭の収縮が十分でない場合には、喉頭蓋谷や梨状窩などに食塊が残留することがあります。
また、嚥下反射のタイミングが遅れたり、喉頭閉鎖が十分に行われなかったりすると、喉頭侵入や誤嚥につながる場合があります。
軟口蓋や上咽頭収縮筋の障害
軟口蓋などの機能に障害があり、鼻咽腔閉鎖が十分にできない場合には、食物や水分が鼻腔へ逆流することがあります。
舌や口蓋の障害
舌や口蓋の機能が低下し、口腔と咽頭の連携がうまくいかない場合には、食塊の送り込みに影響することがあります。
球麻痺症状
嚥下反射の惹起が難しくなったり、食道入口部の開大が不十分になったりする状態は、球麻痺症状としてみられることがあります。
また、輪状咽頭部、つまり食道入口部が十分に開かない状態では、食塊を食道へ送り込みにくくなることがあります。
延髄障害による球麻痺のほか、神経筋疾患などでもみられることがあります。
なお、こうした症状だけで原因疾患を判断することはできないため、必要に応じて医療機関での評価が必要です。
5.食道期
食塊が食道入口部を通過すると、食道の蠕動運動によって胃へ運ばれていきます。
食塊の移送には、食道の蠕動運動に加えて重力なども関係しています。
食道には生理的な狭窄部があり、食塊はそれらを通過して胃へ到達します。
また、食道下部にある下部食道括約筋は、胃内容物が食道へ逆流するのを防ぐ働きをしています。
食道期の障害
食道の蠕動運動が低下すると、食べ物が食道をスムーズに通過しにくくなることがあります。
原因としては、
- 脳血管障害
- 神経筋疾患
- 食道疾患
- 加齢
などが考えられます。
また、薬剤によって食道運動に影響が出ることもあります。
食道から咽頭への逆流が起こった場合には、逆流物が気道に入り、誤嚥につながる可能性があります。
食後の姿勢については、逆流症状など個々の状態によって対応が異なるため、必要に応じて医療者へ相談することが大切です。
摂食嚥下障害では「どの段階に問題があるのか」が重要
摂食嚥下障害は、「飲み込みが悪い」と一言で表せるものではありません。
例えば、
先行期の障害
→ 食べ物の認識や食事行動に問題が起こる
準備期の障害
→ 咀嚼や食塊形成が難しくなる
口腔期の障害
→ 食塊を咽頭へ送り込みにくくなる
咽頭期の障害
→ 嚥下反射、喉頭閉鎖、咽頭クリアランスなどに問題が起こり、誤嚥や咽頭残留につながることがある
食道期の障害
→ 食塊が食道を通過しにくくなったり、逆流が起こったりする
というように、障害される場所によって症状は異なります。
そのため、摂食嚥下障害が疑われる場合には、「どの段階で、どのような問題が起きているのか」を評価することが重要です。
実際の診療では、問診や視診などのほか、必要に応じて**嚥下内視鏡検査(VE)や嚥下造影検査(VF)**などを用いて、嚥下機能を客観的に評価します。
まとめ
摂食嚥下は、
先行期 → 準備期 → 口腔期 → 咽頭期 → 食道期
という複数の段階を経て行われます。
食べ物を認識するところから、咀嚼、食塊形成、送り込み、嚥下、食道から胃への移送まで、舌、口唇、咀嚼筋、咽頭、喉頭、食道など、さまざまな器官が協調して働いています。
そのため、摂食嚥下障害を考えるときには、単に「飲み込みが悪い」と考えるのではなく、どの段階にどのような問題があるのかを考えることが大切です。
特に咽頭期の障害では誤嚥につながることがあるため、適切な評価と対応が重要になります。高齢者では加齢による嚥下機能の変化に、脳血管障害や神経筋疾患などが加わることで嚥下障害が生じることもあります。
歯科では、歯や歯周組織だけでなく、咀嚼、舌の動き、口腔内の感覚、食塊形成など、摂食嚥下に関わる口腔機能をみることも重要です。
摂食嚥下について理解することは、歯科衛生士が患者さんの口腔機能や食事の状態を考えるうえでも役立ちます。


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