「全部の歯を抜いちゃえば、歯磨きしなくていい?」歯科衛生士が伝えたい、歯を残す大切さ

歯科治療

先日、患者さんからこんな言葉を聞きました。

「全部歯をなくしちゃえば、歯磨きしなくていいじゃん!」

50代の男性で、これまでにむし歯で何本かの歯を失い、現在は部分入れ歯を使っている方でした。

部分入れ歯を支えている歯は、入れ歯を使わない人とは違った負担がかかります。

また、入れ歯の周囲には汚れがたまりやすく、残っている歯のむし歯や歯周病にも注意が必要です。

治療をして、また悪くなって、抜歯。

そして入れ歯を作り直す。

そんな経験を繰り返していると、

「もう全部抜いて総入れ歯にした方が楽なんじゃない?」

と思ってしまう気持ちも、分からなくはありません。

でも、歯科衛生士としては、どうしても伝えたいことがあります。

「歯を全部抜けば、すべてが楽になるわけではありません。」

むしろ、今ある歯をできるだけ残すことには、大きな意味があります。

総入れ歯にすれば歯磨きは必要なくなる?

「歯がなくなれば、歯磨きもしなくていい」

そう思うかもしれません。

確かに、自分の歯がなければ「歯そのもの」を磨く必要はありません。

しかし、総入れ歯になっても、お口のお手入れがなくなるわけではありません。

入れ歯そのものを毎日清掃する必要がありますし、歯ぐきや舌など、お口の中のケアも必要です。

入れ歯に汚れが付着したまま使い続けると、口腔内の衛生状態にも影響します。

つまり、

「歯磨きがなくなる=口のお手入れが楽になる」

とは限らないのです。

総入れ歯にも「調整」が必要

総入れ歯は、一度作ったら一生使えるものでもありません。

口の中は時間とともに変化します。

特に歯を失った部分では、歯を支えていた顎の骨が変化していくため、以前はぴったり合っていた入れ歯が、次第に合わなくなることがあります。

すると、

  • 入れ歯が動く
  • 外れやすくなる
  • 噛みにくい
  • 痛みが出る
  • 食べ物が入れ歯の下に入りやすい

などの問題が起こることがあります。

その場合は、歯科医院で調整したり、必要に応じて入れ歯を作り直したりすることになります。

ですから、

「全部抜けば歯医者に行かなくてよくなる」

というわけでもありません。

入れ歯でも「自分の歯」と同じようには噛めない

入れ歯によって失った歯の機能をある程度補うことはできます。

しかし、天然の歯と入れ歯では、まったく同じではありません。

自分の歯には、歯の周囲にある「歯根膜」という組織があります。

歯根膜には、噛んだときの力や感覚を受け取る役割があります。

一方、総入れ歯は歯ぐきなどで支えて使用します。

そのため、

「硬いものを噛んだ感覚」

「食べ物の細かな感触」

「噛んだときの力加減」

などは、自分の歯とは違って感じることがあります。

入れ歯を上手に使える方もたくさんいますが、天然の歯を残せるのであれば、残すことには大きな意味があります。

歯を失うと「噛む力」にも影響する

歯を失うと、当然ながら噛める場所が減ります。

その結果、硬いものを避けたり、柔らかいものを選んだりすることがあります。

厚生労働省も、口腔機能の低下は栄養状態やフレイル、サルコペニアなどとの関連があるとしており、よく噛んで食べるための口腔機能を維持することが重要とされています。

つまり、

「歯を残すこと」は、単に見た目の問題ではありません。

毎日の食事にも関係する大切なことなのです。

「噛む」という行為は、実は脳も使っている

食事をするとき、私たちは何気なく「噛んで飲み込む」という動作をしています。

でも、その裏では、

  • 唇を閉じる
  • 顎を動かす
  • 舌を動かす
  • 頬を動かす
  • 食べ物を歯の上に運ぶ
  • 食べ物の大きさや硬さを感じる
  • 食べ物をまとめる
  • 飲み込むタイミングを判断する

など、さまざまな動きが連続して行われています。

さらに、食事中には、

熱い・冷たい・硬い・柔らかい・甘い・辛い・酸っぱい

など、さまざまな感覚も脳に伝えられています。

「食べる」という行為は、単純に歯で食べ物を砕いているだけではありません。

口の中から得られるさまざまな感覚を利用しながら、脳と身体が協調して行っている複雑な動作なのです。

歯を失うと「食べる楽しみ」にも影響することがある

歯を失ったからといって、必ず食事が楽しめなくなるわけではありません。

入れ歯などによって、食べる機能を補うこともできます。

しかし、歯の本数が減ったり、噛む力が低下したりすると、食べられる食品が限られることがあります。

例えば、

「硬い肉は避ける」

「野菜を小さく煮る」

「ナッツ類は食べない」

など、食事の選択肢が変わってくることがあります。

厚生労働省も、咀嚼機能の低下は食べられる食品群や栄養摂取に影響する可能性があるとしており、口腔機能を維持することは健康な生活を送るうえで重要です。

「歯がなくなれば楽」は、本当に楽なのか?

最初の男性の、

「全部歯をなくしちゃえば、歯磨きしなくていいじゃん!」

という言葉。

確かに、何度もむし歯の治療をして、抜歯や入れ歯を繰り返していたら、そう思ってしまうこともあるかもしれません。

でも、歯を全部失ったからといって、

「歯科医院に行かなくていい」

「口の中をケアしなくていい」

「何でも自由に食べられる」

というわけではありません。

むしろ、入れ歯を快適に使い続けるためには、毎日の清掃や定期的なチェックが必要です。

だから私は、

「どうせ抜くことになるなら、今のうちに全部抜いてしまおう」

という考え方は、できれば避けてほしいと思っています。

80歳で20本を目指す「8020運動」

歯をできるだけ残すことの大切さを示す代表的な取り組みに、8020運動があります。

8020運動とは、

「80歳になっても自分の歯を20本以上保とう」

という取り組みです。

厚生労働省によると、2024年の歯科疾患実態調査では、8020達成者は推計で**61.5%**でした。

以前と比べて、自分の歯を多く残せる人は増えています。

これは、歯を失わないための予防が重要だということでもあります。

もちろん、20本という数字だけがすべてではありません。

義歯などによって咀嚼機能を補うこともできます。

それでも、自分の歯をできるだけ健康な状態で残すことは、食事や生活の質を維持するうえで大切なことです。

歯は「抜いてから取り戻す」ことができない

むし歯や歯周病で歯を失った場合、入れ歯やブリッジ、インプラントなどで失った部分を補うことはできます。

しかし、失った天然の歯そのものを元に戻すことはできません。

だからこそ、

「悪くなったら治療する」だけではなく、「できるだけ悪くならないようにする」

ことが大切です。

むし歯や歯周病は、適切なセルフケアと歯科医院でのメンテナンス

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